Study in ESTONIA

限りなく院生に近いニート

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熱々のサムゲタン ペロリのお時間(上)

「Hi !! Nice to meet you !!」
眩しいくらいの笑顔と、鋭い声で挨拶してきた彼女の名前はとうに忘れてしまった。
壁にはヒビが入り、6畳くらいの薄暗い戦時中のソ連の潜水艦のような窮屈な部屋で、似合わないアジア顔が向かい合った。
それに気づいたのは僕がまだ高校生くらいのころだっただろうか。
《第一印象のやたらと良いやつに、ろくなやつはいない》
彼女はまさにこの定義どうりの女性だった。
「私、化粧しなくても化粧してるみたいに綺麗って言われるの」
線の細い繊細な体は、アジア人特有の淡麗さとセクシーさはまるで醸し出せていなく、化粧を全くしない彼女の貧相な顔つきは、どちらかといえば中国人っぽい。
ホラー映画で脚光を浴びてきたかのような、腰くらいまで伸びた黒い真っ直ぐな髪は、毎日シャワーの排水溝に苦く絡まり、いつも一人忘れられてしまう。
それをシャワーを浴びた時にトイレットペーパーでつまんで、ゴミ箱に捨ててあげるのが、僕の日課の一つだった。
白いトイレットペーパーの中につまみ出された、数本の黒いそれを眺め、捨てるたびに虚しくなる。
しかし、正直な話、排水溝に流れきれないのは彼女の黒長い髪の毛だけでなく、僕の髪もあれば、チリなど様々である。
それをいちいち文句を言っていたら、それこそ僕の嫌いな彼女と同じ人間になってしまうだろう。
一年間続けた。最初の一年目だ。
人には「ゴミを捨てろ!掃除しろ!あそこが汚い!これやってない!」
あれこれ独自のルールで支配を続ける彼女の愚かさを見たいだけだったかもしれない。
誰かに何かを知ってほしいという感情もなければ、いちいち直接怒るのも陳腐なもんだ。
それに比べ、偉そうにしてるやつの穴をたくさん見つけて、愚かさを眺める時間ほど至福なものはない。
そして一年続けて気づくかと思えば、彼女の口からついに出てきた言の葉は、
「排水溝にいつもあなたの髪が詰まってるんだけど、ちゃんと捨ててよ!!」
到底僕の髪の長さではない髪を僕に見せつけ、言い放ってきた。
 「最高の女だったよ」

僕が投獄されてから、知らない間に部屋に4枚の張り紙が張り出されていた。
キッチン、トイレ、入り口、スイッチの4箇所である。
まずは玄関のところに掃除当番表と掃除のやり方が貼られていた。
4人シェアの部屋だったため、4日に1回自分の当番が回ってくることになる。
掃除の方法は、箒で床を履いて、そのあとモップがけらしい。トイレや風呂もやらなくてはならない。
「キッチンを綺麗に使いましょう」
僕はどちらかといえば綺麗好きなので、このくらい言われなくてもやる。
「トイレを汚したら掃除しましょう」
トイレ洗剤を買ってきて、みんなが使えるようにトイレの棚においておいた。 僕自身も当番の時しか掃除をしなかったのだが、毎度トイレの奥や便座の裏が黄ばんでいた。
「張り紙にはトイレ掃除しろって書いてあるよな..」
奇妙に思った僕は、あえてトイレ掃除をするのをやめてみた。
それから僕の掃除の当番が4日に1回まわってくるたびに、どんどんトイレは黒く汚れていき、便座の裏は淡麗なインディゴイエローに染まっていた。
「なるほどね。君は掃除しないんだ」

その日、僕はいつものように自炊していた。狭いキッチンに鍋を沸かし、古びた無機質なテーブルで野菜を乱切りしていく。
隣の部屋から、何も言わず彼女が出てきた。どうやら掃除を始めるらしい。
使い古された黄緑色の箒と、縁が割れたプラスチックのちりとりを装備し、せっせと埃を入っていく。
彼女には、僕が横で調理をしているということは見えていない。
宙に舞った埃は、ゆっくりと空気抵抗を受けながら、僕の鍋へと降り注がれる。
その絶妙なスパイスが味に深みを出し、僕の陳腐な料理にドラマを生んでいく。
その日から、彼女は僕がキッチンで調理をしている間、よく掃除をしてくれるようになった。
彼女のおかげで料理に幅もできた。
掃除の一過程を踏まえるか踏まえないかで、味に大きな違いを感じれた。
だからこそ僕は彼女にも気づいて欲しかった。その神秘的なスパイスの存在を。
ちょうど僕の掃除当番の日に彼女が調理をした。
僕はおもむろに箒とちりとりを手に取り、狭いリビングを掃除を始めようとした。
「料理終わってからにして」 寂しさを知ってしまった気がした。

LIFE IN ESTONIA

制作事例1

エストニアで暇人生活
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